2013年12月4日、「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコにより世界無形文化遺産への登録を認められました。
これによって、世界的に和食の価値が再認識されることが期待されています。
和食の特徴は様々ありますが、その最たるものとして「日本の国土に根ざした多様な食材が新鮮なまま使用されており、そしてその食材の持ち味を引き立たせる優れた『だし』がある」ことです。このように、だしは和食と密接に関連しており、だしの存在が和食の世界無形文化遺産への登録に大きく貢献しています。
ここでは、和食の偉大なる味覚『だし』の秘密についてご紹介いたします。
食材の持つうま味をスープに引き出す、というのは、和食のみに見られる調理法というわけではありません。フランス料理のブイヨンや中華料理の湯(タン)など、世界でも様々な素材を使ってスープを作ることはよくあります。しかし、それらは色々な肉や野菜、海産物などの具材を長時間煮込み続けることによって得られるため、素材の味が強く出ています。
一方和食のだしは、うま味が豊富な食材を使って、短時間で作られます。そして、そのだしは食材が持つ上品なうま味で、食材のもつ美味しさを引き立てるという、世界に類を見ない特徴があります。そこでは、昆布が欠かすことのできない役割を担っています。それこそがだしの秘密であり、和食自体の特徴でもあるのです。
そう、和食は昆布が支えてきたのです。
今回、和食がその価値を認められるに至った要素は様々ありますが、その中でも特に重要な3要素についてご紹介します。それらには、昆布の存在が欠かせません。
日本は、変化に富んだ様々な自然に恵まれています。
例えば、海。南北からの様々な海流が日本の周辺で交わって、豊かな漁場を形成しており、それによって豊かな魚食文化が育ちました。いまや、寿司は和食の代名詞です。
そして、南北に細長い陸地。これにより、地域によって気候が異なるため、山里ではその地域に根ざした食材が栽培・採取されてきました。御存知の通り、日本各地には、それぞれの地域で取れる山の幸を使った煮物が伝えられています。
また、その様々な素材がもつ味を活かすために、昆布が積極的に活用されてきました。例えば、寿司は米を炊飯する時には昆布を必ず一緒に入れますし、煮物にも昆布だしが欠かせません。
昆布を幅広く活用することによって、和食は素材の味を活かしているのです。
和食においては、前述のとおり、素材の味を活かすため昆布が幅広く活用されてきました。これによって、動物性油脂が少なくても満足感が得られるので、日本人の肥満防止に役立っているといわれています。
また、和食は一汁三菜を基本的な構成としています。これは、栄養学的な観点から見ても、非常にバランスのとれた理想的な構成であるとされています。汁物は、一汁三菜を構成する重要な要素の一つで、これがなければこの健康的な組み合わせは成立しません。また、それには昆布で作っただしが欠かせず、これを使っていない汁物はないと言っても過言ではありません。このことからも、昆布は和食において欠かすことができないということが分かります。
和食は、四季折々の行事とも密接に関わっています。
例えば、お正月。新年を迎えるにあたって、欠かせないのが「おせち料理」です。他国でも新年を迎えるにあたって特別な料理をつくる文化はありますが、おせち料理のようにメニューの一つ一つにまで意味を持たせて願いを込める文化は、おせち料理以外にありません。
おせち料理の代表的なメニューとして、煮しめやこんぶ巻があります。煮しめの材料はそれぞれ色々な願いが込められており、その一つである里芋は、小芋が数多くできる事から子孫繁栄を願っています。また、こんぶ巻は昆布と「よろこぶ」という言葉がよく似ていることから、喜びにあふれた一年になるようにとの願いが込められています。
そして、これらのレシピにも昆布は欠かせません。煮しめにはだしが欠かせませんし、こんぶ巻は昆布そのものです。そう、私達日本人は、昆布とともに新年を祝うのです。
池田菊苗教授(1864~1936)
これまで、和食において昆布とそのだしが重要な役割を果たしてきたと述べてきました。ここでは、そのだしのおいしさの根源である「うま味」についてご紹介いたします。
西洋においては、味を形成する種類として、「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」の4種類が基本味として知られていましたが、それではどうしても説明がつかない味がありました(ちなみに、「辛味」はこの基本味には含まれません。これは、辛味が味覚ではなく痛覚を刺激する感覚であるためです)。その味覚が「うま味」であるということを発見したのが、東京帝国大学の池田菊苗教授でした。
池田教授は京都の生まれで、幼い時から料理に使用される昆布だしに興味を持っていたと言われています。昆布だしのおいしさの正体は何なのか。池田教授はその味の正体を解明する研究を行い、うま味の正体である成分「グルタミン酸」を発見しました。そして、それがもたらす味覚こそが、もともと知られていた4種類のどれにも属さない、「うま味」という新たな味覚であると提唱したのです。
この5番目の味覚「うま味」に関しては、西洋においてはその存在について長い間議論が続いていました。しかし、2000年にグルタミン酸の受容体が、舌の味を感じる細胞である味蕾に存在することが明らかとなり、「うま味」の存在が確定することとなりました。こういった経緯から、西洋においては「うま味」に対応する語がなく、「UMAMI」として認知されています。
このように、「うま味」という味覚の存在が明らかになったのはごく最近ですが、日本人は前述の通り、うま味がタップリと含まれた「だし」を活用し、素材のおいしさを引き立て、和食独自のおいしさを育んできました。
昆布とかつお節の「合わせだし」は、日本の食卓と切っても切り離せないもので、現在でもあらゆる料理のベースとなっています。昆布とかつおそれぞれ単独で作っただしよりも、うま味が際立って感じられることが、経験的に知られており、長い間和食のおいしさを支えてきました。昆布とかつおのうま味を同時に味わうと、飛躍的に強くうま味を感じるこの現象を、「うま味の相乗効果」と呼んでいます。
だしといえば、昆布だけではなく、かつお、いりこ、しいたけなどを思い出される方も多いことでしょう。しかしながら、合わせだしを作るにあたっては、昆布が欠かせません。「うま味の相乗効果」はアミノ酸系のグルタミン酸と、核酸系のイノシン酸やグアニル酸を同時に味わった時に起こるのですが、そのグルタミン酸を含むだしは、昆布でしかできません。つまり、昆布は合わせだしの要なのです。
しかしながら、この「うま味の相乗効果」が科学的に発見されたのは1960年、メカニズムが明らかになったのはつい最近の2008年のことでした。「うま味」そのものと同様、日本においては古くから知られていたものが、ようやく解明されたのです。